AI弁護士と本人訴訟 — 訴状のたたき台をつくる完全ガイド
弁護士に依頼せず自分で裁判を起こす「本人訴訟」では、訴状を白紙から書く負担が最大の壁になる。AI弁護士を使えば、この「たたき台」づくりまではかなり短時間で進められる。民事訴訟法は訴状に記載すべき事項を明確に定めており、そこを土台にAIへ具体的な指示を出すのが近道だ。
AIは「下書き役」としては非常に有効だが、AIが作った訴状をそのまま裁判所に提出してはいけない。なぜ危険なのか、そして正しい使い方は何かを、この記事で順に示す。

本記事は一般的な法情報であり、法的助言(法律相談)ではありません。個別の判断は必ず弁護士にご相談ください。
本人訴訟とは — AIを使う前に押さえる前提
本人訴訟とは、弁護士を代理人に立てず、当事者本人が訴訟を追行することをいう。民事訴訟では本人訴訟は珍しくなく、特に簡易裁判所で扱う少額の事件では一般的に見られる形態だ。ただし、裁判所は原告の味方でも敵でもない中立の立場であり、主張と立証の責任はすべて自分自身が負うという前提を、AIを使い始める前にまず理解しておく必要がある。
どの裁判所に出すか — 140万円が分かれ目
訴額(訴訟物の価額)が140万円以下であれば簡易裁判所、140万円を超えれば地方裁判所が管轄になる。さらに、60万円以下の金銭支払請求であれば「少額訴訟」という手続きが使え、原則として1回の期日で判決が出る仕組みになっている(同じ簡易裁判所での年間の利用回数には上限がある)。訴額の計算自体をAIにそのまま任せるのは危険で、この部分は必ず裁判所の窓口や公式資料で確認すべきポイントだ。
本人訴訟に向く事件・向かない事件
本人訴訟に向くのは、貸金返還、売買代金、敷金返還など、争点が定型的な事件だ。定型的な争点であれば本人でも進めやすいが、落としどころの交渉や複雑な立証が必要な事件は、専門家の判断力が必要になる。どこまでが「向く」範囲で、どこからが弁護士に相談すべき範囲かは、記事の後半で判断基準として一覧にまとめる。
訴状に必ず書く項目 — AIに指示する前のチェックリスト
AIに訴状の材料を作らせる前に、法律が要求する記載事項を自分自身で把握しておくことが欠かせない。ここを理解していないと、AIへの指示自体があいまいになってしまう。
法律が要求する記載事項(民事訴訟法134条2項)
訴状には、次に掲げる事項を記載しなければならない。一 当事者及び法定代理人 二 請求の趣旨及び原因
民事訴訟法第134条第2項
条文上、訴状には①当事者及び法定代理人、②請求の趣旨、③請求の原因を記載しなければならない。これは民事訴訟法134条2項が定める必要的記載事項で、住所・氏名の秘匿制度を定める133条とは別の条文だ。詳しい条文はe-Gov法令検索の民事訴訟法で確認できる。
実務上はこれに加えて、次の項目も記載するのが通例だ。
- 作成日付
- 宛先の裁判所名
- 事件の表示
- 訴訟物の価額
- 貼用印紙額(納付する手数料額)
- 証拠方法
- 附属書類
「請求の趣旨」と「請求の原因」の違い — ここでAIが一番役に立つ
請求の趣旨とは、裁判所に出してほしい結論、つまり判決主文の案のことだ。たとえば「被告は原告に対し、金100万円及びこれに対する令和◯年◯月◯日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え」「訴訟費用は被告の負担とする」「との判決を求める」といった形式で書く。
一方、請求の原因とは、その結論を導くために必要な事実、つまり要件事実のことを指す。貸金返還請求であれば「金銭を交付したこと」「返還の合意があったこと」「返還時期が到来したこと」がそれにあたる。ここが本人訴訟における最大の壁であり、同時にAIが最も価値を出せる場所でもある。AIは「その請求類型で何を主張しなければならないか(要件事実)」を体系的に洗い出す作業を得意とする。
遅延損害金の利率に注意
2020年4月1日以降に発生した債権の法定利率は年3%(変動制)で、それ以前に発生した債権には旧来の年5%が適用される。AIは学習時点が古いモデルの場合、法定利率を旧来の5%のまま出力してくることがあるため、この数値は必ず自分で確認する必要がある。
裁判所が「書式」を公開している — ゼロから書かなくていい
裁判所は請求類型ごとに訴状のWord書式を公開しており、貸金請求、売買代金、建物明渡、賃料、敷金返還、解雇予告手当、汎用書式など幅広くカバーしている。裁判所が公開する民事訴訟の書式から自分の請求類型に近いものをダウンロードできる。
正しい順序は、まず裁判所の公式書式をダウンロードし、その空欄を埋める素材をAIに作らせることだ。 逆に、AIに書式そのものから作らせるやり方は避けるべきだ。書式のフォーマットは裁判所が定めたものを使い、AIには中身の文章作成を任せる、という役割分担が安全になる。
AI弁護士で訴状のたたき台をつくる手順
事実の整理からAI出力の検証まで、実際に手を動かす順序で解説する。
ステップ1:事実を時系列で書き出す(AIに渡す材料をつくる)
AIの出力の質は、渡す情報の質でほぼ決まる。いつ・誰が・誰に・何を・いくら・どんな証拠があるか、を箇条書きで時系列に並べる。この段階では法律用語を使う必要はなく、感情や評価は事実と分けて書き出すことが重要だ。
ステップ2:請求類型と要件事実を洗い出させる
具体的なプロンプト例は次のとおりだ。「以下の事実関係について、日本の民事訴訟で考えられる請求の類型を挙げ、それぞれについて主張しなければならない要件事実を列挙してください。まだ文章にはせず、項目だけ出してください。」
ここでAI法律相談の強みが発揮される。素人が見落としがちな要件、たとえば催告の有無、期限の到来、消滅時効の成否などを、構造的に拾い上げてくれる点がAIの実務的な価値だ。
ステップ3:請求の趣旨をつくらせる
プロンプト例:「上記の事実を前提に、貸金返還請求の『請求の趣旨』を、判決主文の形式で書いてください。遅延損害金の起算日と利率も明示してください。」出力は必ず裁判所の公式書式の記載例と突き合わせて確認する。
ステップ4:請求の原因を文章化させる
プロンプト例:「洗い出した要件事実を、番号を振った段落形式で『請求の原因』として文章化してください。事実と評価を混ぜず、証拠と対応づけてください。」AIは冗長に書きがちなので、「1文1事実」で簡潔にする指示を追加すると出力が締まる。
ステップ5:AIに自分の訴状を「攻撃」させる(一番効く使い方)
これが本人訴訟でAIを使う際の最大の工夫だ。プロンプト例:「あなたは被告側の代理人です。この訴状の弱点、反論されうる点、立証が不足している点を厳しく指摘してください。」さらに「裁判官として、この訴状で補正を命じたくなる点を挙げてください」という指示も有効だ。相手方の反論を先回りして潰しておける。
ステップ6:出力を必ず検証する(後述のハルシネーション対策)
条文番号・判例・利率・金額・日付は、1つずつ一次情報にあたって確認する。ここまでの手順で最も省略してはいけない工程であり、この検証を飛ばすのであれば、そもそもAIを使わない方がまだ安全だ。

以下の6ステップを一連の流れとして整理すると分かりやすい。
- 事実を時系列で箇条書きにする
- 請求類型と要件事実をAIに洗い出させる
- 請求の趣旨を判決主文の形式で作らせる
- 請求の原因を段落形式で文章化させる
- AIに被告側・裁判官の視点で自分の訴状を攻撃させる
- 条文・判例・利率・金額・日付を一次情報で検証する
AIが作った訴状をそのまま出してはいけない理由
AIの出力を鵜呑みにできない理由は、単なる文章の巧拙の問題ではない。裁判の場では、事実として存在しないものを引用すること自体が致命的なリスクになる。
ハルシネーション — AIは存在しない判例と条文を作る
生成AIは、もっともらしい形式で実在しない判例・条文・条文番号を出力することがある。これがいわゆるハルシネーションだ。訴状に架空の判例を引用すれば、主張の信用が崩れるだけでなく、裁判所の心証を決定的に損ねる。

米国では、2023年にニューヨーク州の連邦地裁で、弁護士が生成AIの作った架空の判例を引用したとして5,000ドルの制裁を科された事例(Mata v. Avianca事件)がある。2024年にはミズーリ州の控訴裁判所でも、本人訴訟の当事者が提出した準備書面に含まれる24件の判例引用のうち22件が実在しない架空の判例だと認定され、1万ドルの制裁が科された(Kruse v. Karlen事件)。こうした事例を追跡する研究者のデータベースには、2026年時点で世界全体で1,000件を大きく超える事例が記録されており、その内訳は本人訴訟の当事者によるものが弁護士によるものを上回るとの分析もある。
本人訴訟だからこそ危ない
弁護士であれば判例の実在をデータベースで機械的に確認できるが、本人訴訟の当事者にはその検証手段や知識が乏しいことが多い。だからこそ、AIが出力した判例や条文をそのまま信じてしまうリスクは、本人訴訟の方がむしろ高いと考えるべきだ。日本でも、判決文の検索が容易になり生成AIの利用が広がるにつれ、同種のリスクが顕在化していく可能性がある。
最新の判例・法改正を知らない
AIの知識には学習時点の区切りがある。まさにこの記事の主題である民事裁判の全面IT化(令和8年5月21日施行)を知らないAIは、いまだに「収入印紙を貼って郵便切手を予納する」という古い説明をすることがある。手数料の計算も、古い金額のまま出力してくる可能性がある。
AIは責任を取らない・弁護士法72条の壁
AIは判断の結果に責任を負わない。敗訴しても、時効を徒過しても、誰も補償してくれない。
また、報酬を得る目的でAIが個別の法律事件について法的助言や代理を行うことは、弁護士法72条が禁じる非弁行為に該当するリスクが指摘されている(弁護士の検索や相談先については日本弁護士連合会を参照)。そのためAIサービスは、「法的助言」ではなく「情報提供・文書作成の支援」という位置づけをとるのが基本になる。
AIに入れてはいけない情報 — 個人情報と守秘
入力した内容が学習に使われることがある
一般的な生成AIサービスでは、入力した内容がモデルの学習やサービス改善に利用される設定になっていることがある。訴状の材料には、相手方の氏名・住所・勤務先、取引先の情報、家族の情報など、自分以外の人の個人情報が大量に含まれるのが通常だ。
実務的な対処
相手方の名前は「A」「B」といった記号に置き換える。 具体的な氏名をそのまま入力する必要は、下書き段階ではほとんどない。
住所・口座番号・マイナンバー・生年月日は入れない。 これらは要件事実の整理やたたき台作成には不要な情報だ。
学習利用をオフにできる設定(オプトアウト)があれば使う。 サービスごとに設定方法は異なるが、確認しておく価値がある。
どうしても具体名が必要な最終確認は、自分の手元で行う。 AIへの入力はあくまで匿名化した材料にとどめる。

個人情報の扱いの基本的な考え方は個人情報保護委員会の公開情報を参照するとよい。
手数料はいくらか — 2026年5月から仕組みが変わった
全面IT化で何が変わったか(令和8年5月21日)
改正民事訴訟法が令和8年(2026年)5月21日に全面施行され、民事裁判のIT化が完成した。要点は次の3つだ。
- 訴状などをオンラインで提出できるようになった
- 申立手数料は原則として電子納付(ペイジー)に一本化された。収入印紙を貼る方式は、もはや原則の納付方法ではなくなった
- 予納郵券(郵便切手)の予納制度は廃止され、郵便費用は申立手数料に一本化された
ネット上に残る古い記事の「印紙1万円+切手6,000円」といった説明は、この施行時点で古くなっている。必ず裁判所の手数料ページ(手数料額早見表)の最新の早見表で確認する必要がある。
手数料額(訴えの提起・民事訴訟)
書面申立てと電子申立てでは、電子申立ての方が一律1,100円安く設定されている。
| 訴額 | 書面申立て | 電子申立て |
|---|---|---|
| 10万円まで | 3,500円 | 2,400円 |
| 50万円 | 7,500円 | 6,400円 |
| 60万円 | 8,500円 | 7,400円 |
| 100万円 | 12,500円 | 11,400円 |
| 140万円 | 14,500円 | 13,400円 |
| 300万円 | 22,500円 | 21,400円 |
| 500万円 | 32,500円 | 31,400円 |
| 1,000万円 | 52,500円 | 51,400円 |
被告が2名以上の場合は、(被告の数−1)×2,000円が加算される。訴額が1億円を超える場合の額は、各裁判所の窓口等に問い合わせる必要があるとされている。この表はあくまで目安であり、事件類型によって計算方法が異なる場合があるため、必ず裁判所の公式早見表で最終確認することが欠かせない。

なお、手数料の額は事件の類型や申立ての方法によって変わるため、実際の納付前には必ず最新の早見表を確認してほしい。
手数料の計算はAIにやらせない
訴額の算定も手数料の算定も、間違えると裁判所から補正命令が出る。AIは学習時点の古い表を覚えたまま出力することがあるため、この部分だけは必ず裁判所の公式資料か窓口で確認すべきだ。手数料計算は、AIに任せてよい作業の範囲から明確に外れる。
どこからは弁護士に頼むべきか
「AIで足りる」ラインと「危険」ライン
すべてのケースが本人訴訟に向いているわけではない。次の表を目安に、自分の事件がどちら側かを判断する。
| 状況 | 判断 |
|---|---|
| 金額が小さく、争点が定型的(貸金・売買代金・敷金返還) | 本人訴訟+AIのたたき台で現実的 |
| 相手に弁護士が付いた | 弁護士に相談すべき |
| 金額が大きい(生活に影響する) | 弁護士に相談すべき |
| 時効・出訴期間が迫っている | 直ちに弁護士へ(AIで時間を溶かさない) |
| 事実関係に激しい争いがある/立証が難しい | 弁護士に相談すべき |
| 人身・離婚・親権など生活の根幹 | 弁護士に相談すべき |
費用が心配なら法テラス
経済的に余裕がない場合は、法テラスの民事法律扶助が使える。無料法律相談や弁護士費用の立替を利用できる制度だが、利用には資力要件がある。

「弁護士に頼むお金がないから本人訴訟にする」と決めつける前に、法テラスの無料相談を一度使ってみる方が合理的なことが多い。リーガルAIで状況を整理してから相談に行けば、限られた相談時間を有効に使える。これがAIの一番賢い使い方だといえる。
弁護士の探し方
日本弁護士連合会や各地の弁護士会の相談窓口を利用すれば、分野に応じた弁護士を探せる。弁護士にも得意・不得意の分野があるため、事件類型に合わせて選ぶことが望ましい。
まとめ — AIは「下書き役」であって「代理人」ではない
- AIは要件事実の洗い出し、請求の趣旨の文案づくり、自分の訴状への反論シミュレーションに強い
- 書式は裁判所の公式Wordを使う。AIに書式そのものから作らせない
- 条文・判例・利率・手数料は、すべて一次情報で検証する
- 手数料は2026年5月21日の全面IT化で電子納付に変わった。古い記事の数字を信じない
- 個人情報は匿名化してから入力する
- 金額が大きい、時効が迫っている、相手に弁護士が付いている、といった場合は弁護士へ相談する
本記事は一般的な法情報であり、法的助言(法律相談)ではありません。個別の判断は必ず弁護士にご相談ください。
